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米津玄師はなぜ「幽霊」を描くのか?|『ゴーゴー幽霊船』からツアー『GHOST』まで

人の言葉と生き方

「ゴーゴー幽霊船」「あたしはゆうれい」「海の幽霊」「YELLOW GHOST」。米津玄師の作品を時系列で並べると、何度も同じ存在が姿を現すことに気づく。

そして2026年11月6日、長野から始まるツアーのタイトルも『GHOST』だ。

なぜ彼は、繰り返し「幽霊」という言葉に出会うのだろう。そこには死への関心があるのか。それとも、目に見えない他者や、理解しきれない自分自身への感覚があるのか。

この疑問を解く手がかりは、楽曲だけではない。2012年の本人ブログ、各時期の制作インタビュー、そして近年の「オバケ」についての発言に残されている。本人が語った事実と、作品を横断して見える共通点を区別しながら、14年分の表現をたどってみたい。

2012年|『ゴーゴー幽霊船』──最初から死を歌おうとしたわけではない

米津玄師名義の初期作品として重要な「ゴーゴー幽霊船」。2012年2月20日、彼は公式ブログで新曲の公開を知らせ、これまでの「ハチ」に加えて米津玄師としても活動していくことを伝えた。同年5月、楽曲はファーストアルバム『diorama』に収録される。

まず注目したいのは、その制作の出発点だ。2012年の『TOWER RECORDS』インタビューで本人は、タイトルの「ゴーゴー」という語感が先にあり、当初から震災を意識して作っていたわけではないと説明している。その一方、壊れていく街の映像に触れたことで、以前のようには戻れない街の感覚も制作に入り込んでいった。

つまり、この曲を初めから完成された「死生観の宣言」と見るのは正確ではない。音の面白さから始まった創作に、当時目にした現実が重なった。その過程こそ、見落としたくない部分だ。
出典:TOWER RECORDS|米津玄師『diorama』インタビュー(2012年)、米津玄師公式ブログ(2012年2月20日)

米津玄師『ゴーゴー幽霊船』公式MV。音楽と映像を本人が制作。出典:米津玄師公式YouTube

それでも、当時から「死」は創作と隣り合っていた

ただし、だからといって初期の米津が死について考えていなかったわけではない。

『diorama』発売後の2012年5月25日、本人はブログに「人間は死ぬから美しくあれる」と書き、創作者にとって死を意識することの重要さを綴っている。

この文章は「ゴーゴー幽霊船」の歌詞解説ではない。それでも、同じ時期に生まれたアルバムと、その作者が何を考えていたかを照らし合わせる資料になる。

そして2016年には、別のインタビューで「ゴーゴー幽霊船」を例に挙げ、音の気持ちよさや言葉の乗せ方を重視してきたと振り返っている。死や喪失への関心と、言葉を音として扱う遊び心は、両立していたのだと思う。
出典:米津玄師公式ブログ『diorama』(2012年5月25日)、Real Sound|米津玄師インタビュー(2016年)

2015年|『あたしはゆうれい』──自分ではない誰かの声を借りる

2015年のアルバム『Bremen』には「あたしはゆうれい」が収録されている。「ゴーゴー幽霊船」と比べると、今度はタイトルの中に「あたし」という一人称がある。

ここで手がかりになるのは、歌ネットの『Bremen』インタビューだ。米津は「あたしはゆうれい」や「シンデレラグレイ」のように女性の視点で歌詞を書く理由を尋ねられ、曲を作っているうちに自然と女性の歌だと感じることがある、と説明している。そして、自分の中にないものを補うような感覚にも触れていた。

幽霊が何を象徴するのかについて、ここから本人の確定的な答えを導くことはできない。ただ、自分自身ではない人物の視点に入り込み、その人物の声で歌うという創作のあり方は確かめられる。

自分ではない存在を描くことで、かえって自分の中にある言葉にならない感情へ近づく。そう読むと、この曲の「ゆうれい」は、2012年の作品とは違う角度から響いてくる。これは本人の制作意図の断定ではなく、インタビューを踏まえた読み方の一つだ。

同じ取材で米津は、歌詞を書くことを、他者との接点であると同時に、自分の中で整理しきれない感情を形にする行為としても説明している。幽霊というモチーフを考えるとき、死そのものだけでなく、誰の視点で世界を見るかという問題も見えてくる。
出典:歌ネット|『Bremen』米津玄師インタビュー(2015年)

2019年|『海の幽霊』──見えない生命を描いた漫画との出会い

「海の幽霊」は2019年公開のアニメーション映画『海獣の子供』の主題歌として制作された。原作は漫画家・五十嵐大介の同名作品だ。

公式特設ページで米津は、10代の頃に原作を読んで大きな衝撃を受け、映像化されるなら楽曲を担当したいと考えていたことを明かしている。原作者との対談企画も実現しており、この作品への愛着は明確だ。

ここでの「幽霊」を、以前の楽曲に登場した幽霊と同じ意味だと決める必要はない。『海獣の子供』という別の作家が生み出した世界に、米津自身の感性を重ねることで生まれた歌だからだ。

映画の背景にあるのは、海の中に広がる、人が簡単には把握しきれない生命の世界。目で見えているものだけが、そこに存在するすべてではないという感覚が、この作品の受け取り方を豊かにする。

ただし、こうした「見えない存在」という読みは、楽曲タイトルから一意に決まる公式解釈ではない。米津自身が何に心を動かされたのかについては、原作へのコメントと制作の経緯を足場にして考えたい。
出典:米津玄師公式|『海の幽霊』特設ページ、映画『海獣の子供』公式ニュース

米津玄師『海の幽霊』公式MV。映画『海獣の子供』のために書き下ろされた。出典:米津玄師公式YouTube

2024年|『YELLOW GHOST』──愛することと、失うことの怖さ

2024年発売のアルバム『LOST CORNER』には「YELLOW GHOST」が収録されている。ここで本人の言葉は、いっそう具体的になる。

Billboard JAPANのインタビューによれば、米津はこの曲を性愛というテーマから作り始めた。愛情にはいつか訪れる別れへの恐怖があり、その恐怖は死と向き合うことにも近い、と説明している。

重要なのは、「幽霊だから死を意味する」と推測する前に、本人が愛情と死をどう結びつけていたかを確かめられることだ。愛するからこそ失いたくない。近づきたいという感情が、別れへの恐れと切り離せないこともある。

ただし、この曲で扱われるのは一般的な恋愛の美しさだけではない。本人は、社会的・道徳的に許されないとされる関係を含めて考えたと説明しながら、それらを無条件に肯定したり推奨したりする意図ではないことも明言している。そこを省いて「禁断の愛を肯定する曲」と単純化することは避けたい。

なお、2026年の別のインタビューで米津は、思想家ジョルジュ・バタイユからの間接的な影響を認めている。ただし特定の言葉を意図して引用したわけではないとも述べているため、楽曲をバタイユ思想の直接的な再現と説明するのも行き過ぎだ。

2012年の公式ブログでは、死は創作する人間が意識せざるを得ないものとして語られていた。2024年には、愛する相手との関係の中で死の恐ろしさが語られている。両者を並べると、同じ「死」でも、作品に向き合う視点と、人に向き合う視点という違いが見えてくる。
出典:Billboard JAPAN|『LOST CORNER』インタビュー(2024年)、Billboard JAPAN|米津玄師インタビュー(2026年)、米津玄師公式|『LOST CORNER』収録曲

『YELLOW GHOST』公式配信音源(YouTube)。MVではなくアルバム収録曲の音源。出典:米津玄師公式アーティストチャンネル

2025年|米津玄師が「オバケ」に感じる、理解できないものへの怖さ

ここまでの作品を振り返ったうえで読むと、2025年10月の『WIRED』インタビューは興味深い。

米津は日本のホラーが好きだと話し、オバケの恐ろしさの核心を、倫理や科学といった人間の物差しが通用しない「わからなさ」として説明した。

話は幽霊にとどまらない。他人も、自分自身も、そしてAIも、完全に理解して制御できる存在ではない。自分の内面にすら説明のつかない部分があると語り、理性によってその不可解さに向き合うことが、創作における驚きにもつながると考えている。

ここで「オバケ」は、姿のない死者に限定されない。理解しきれない存在を目の前にしたときの、人間の感覚を考えるための言葉として用いられている。

2015年に語った「自分ではない誰かの声を歌うこと」、2019年に魅了された『海獣の子供』の世界、そして2024年の愛情と死への恐れ。すべてが同じ意味だという証拠はない。それでも、目の前の存在や自分の感情を簡単には説明しきれないという点に、一つの響き合いを感じる。

これは記事としての解釈であって、過去の全楽曲について本人が同じ制作意図を持っていたという意味ではない。
出典:WIRED.jp|米津玄師が語る、自己と他者が散らす“新たな火花”が生み出すもの(2025年10月16日)

2026年|ツアー『GHOST』は過去の幽霊楽曲を総括するものなのか

では、2026年のツアーが『GHOST』と名付けられたのは、これらの曲を一本の物語としてまとめるためなのだろうか。

ここは、本人の答えを優先すべきところだ。

2025年のBillboard JAPANの取材で、米津はタイトルを直感で選んだと説明している。身近で「幽霊」という言葉にたびたび出会っており、自分の曲にもその言葉が多く登場するという自覚はある。ただし、その名前からライブの内容を決めたわけでも、あらかじめ想定した演出に合わせて命名したわけでもないという。

同年の『WIRED』で、オバケについての考えがツアー名につながるのかと尋ねられた際にも、意識的な関連はなかったと答えている。その一方、話してみると関連が見えてくることもある、という趣旨の言葉を残した。

本人が一つの意味に固定していないからこそ、作品を並べて考える余地がある。

このことを踏まえると、『GHOST』を「幽霊を題材にした過去の楽曲を回収するツアー」と紹介するのは正確ではない。むしろ、2012年から繰り返し現れてきた言葉が、2026年の現在にも自然と浮かび上がってきた、と捉える方が本人の説明に近い。

公式発表によると『米津玄師 2026 TOUR / GHOST』は11月6日の長野公演からスタートする。公演の具体的な演出やセットリストと、過去楽曲とのつながりについては、実際の公演情報と本人の説明が出るまでは断定しないでおきたい。
出典:Billboard JAPAN|「1991」インタビュー・ツアー名の由来(2025年)、WIRED.jp|米津玄師インタビュー(2025年)、米津玄師公式サイト、米津玄師公式チケットサイト・公演日程

なぜ米津玄師の作品には「幽霊」が何度も現れるのか

ここまでを、単一の「正解」にまとめることは難しい。

  • 2012年「ゴーゴー幽霊船」:音と言葉の遊びから始まり、街が失われていく現実も制作に重なった。
  • 2015年「あたしはゆうれい」:自分ではない人物の視点から歌う創作のあり方が見える。
  • 2019年「海の幽霊」:敬愛する漫画『海獣の子供』の世界を音楽として受け取った。
  • 2024年「YELLOW GHOST」:愛情と別れ、そして死への恐怖が本人によって語られている。
  • 2026年ツアー『GHOST』:本人は直感的な命名だと説明し、過去作品の総括とは明言していない。

同じ言葉でも、作品によって出発点も意味も違う。それを無理に一つにそろえてしまうと、曲ごとの魅力も、本人が残してきた言葉の正確さも失われてしまう。

それでも繰り返し現れるのは、幽霊が、存在と不在、理解できるものとできないもの、自分と他者の境界を考えるうえで、とても広い意味を持てる言葉だからかもしれない。

『WIRED』で米津は、自分自身にも理解できない部分があり、それと向き合うことが創作の驚きにつながると語っていた。

初期楽曲から14年。米津玄師は幽霊の正体を一つに決めるのではなく、その時々の作品で、わからないものとの距離を測り続けてきた。そう読めるところに、この言葉が繰り返し現れる面白さがあるのだと思う。

米津玄師の表現を、もう少し深くたどる

今回の記事は、幽霊というモチーフを横断して、その意味の変化を読み解いた。一方で、米津玄師に影響を与えたゲームにも、空想の世界や他者の物語と向き合う手がかりがある。

米津玄師に影響を与えた3つのゲーム|『ごめんね』とUNDERTALEの関係まで

また、本人がこれまでに語った孤独や生き方、音楽の変化については、別の記事で整理している。

米津玄師はなぜ孤独を感じていた?本人の言葉から生き方と音楽をたどる

幽霊のように、はっきりとはつかめないもの。それをすぐに説明しきらず、作品を一つずつ聴きながら考えてみる。米津玄師の音楽には、そんな楽しみ方もある。