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こっちのけんとはなぜ活動をセーブした?双極性障害と『はいよろこんで』、本人の言葉でたどる素顔

人の言葉と生き方

2024年、「はいよろこんで」をきっかけに多くの人が知ったこっちのけんと。耳に残るリズムと「ギリギリダンス」、どこか懐かしいアニメーションのMV。その明るさの裏側に、本人が向き合ってきた双極性障害(双極症)や、会社員として働いていた頃の苦悩があることを知り、驚いた人も多いかもしれません。

でも、彼を「病気を経験した人気歌手」とだけ紹介するのは、少しもったいないと思います。仕事が好きだったからこそ頑張りすぎたこと。著名な家族の中で、自分の役割を探していたこと。自分の痛みを、なぜあえて踊れる音楽にしてきたのか。そして、成功した後にあえて仕事を減らす判断をしたこと。そこまで知ると、「はいよろこんで」の聴こえ方が変わります。

この記事では本人のインタビューと公式の楽曲説明を中心に、音楽活動の始まり、休養に至る経緯、作品の変化、ファンの反応、2026年の現在までを一つの記事でたどります。本人が発言していない内心を推測で決めつけたり、歌詞から医学的な診断を試みたりはしません。

  1. まず確認したい:こっちのけんとは「うつ病」なのか「双極性障害」なのか
  2. こっちのけんとはどんな人? 音楽を始める前からの歩み
    1. 実は、最初から歌手を目指していたわけではない
    2. 兄への憧れと劣等感は、どちらもあった
  3. なぜ「あっちのけんと」から「こっちのけんと」になったのか
    1. 選んだのは、憧れの芸能界ではなく一般企業だった
    2. 小さな失敗をきっかけに、自分への信頼が崩れていった
    3. 名前に込めたのは「背伸びする自分」と「素の自分」の違い
  4. 会社を離れた後、なぜ音楽へ向かったのか
  5. 曲を順番に聴くと分かる、こっちのけんとが歌ってきたこと
    1. 2022年「Tiny」|兄と同じではない、自分なりの返事
    2. 2022年「死ぬな!」|強い言葉を、軽快な曲に乗せた理由
    3. 2024年「はいよろこんで」|「断れない人」のSOSを、踊れる歌に
    4. 2024年「もういいよ」|世間の評価と、自分の姿との距離
    5. 2025年「けっかおーらい」「それもいいね」|正解は一つではない
    6. 2025年「ごくろうさん」|勝ち続ける以外の生き方を歌う
    7. 2026年「ゴロンとドロン」と「ことのは」|新しい物語と、変わらない主題
  6. なぜ2025年に活動をセーブしたのか──大ヒットのあとで選んだ判断
    1. ここでmiletさんとの意外な接点があった
  7. ファンはどう受け止めたのか──「踊れる曲」と「自分への言葉」の二つの入口
    1. 曲への考察を、本人も受け止めてきた
    2. 本人の病気の話に、寄り添う反応もあった
    3. 距離の近いイベントで、本人が受け取ったもの
  8. 家族と日常──大舞台に立つ人にも、普通の暮らしがある
  9. 2026年の現在──「成功した人」のままでなく、続けられる人へ
  10. もっと深く知りたい人のための資料・公式動画

まず確認したい:こっちのけんとは「うつ病」なのか「双極性障害」なのか

報道では「うつ」「躁うつ病」「双極性障害」「双極症」など、複数の表現が登場します。本人は双極性障害(双極症)を公表しています。以前に会社員として働いていた時期には抑うつ状態と診断され、休職した経緯も語っています。

ここを一つにまとめて「うつ病だった」と書くと、病気の経緯を正確に表せません。双極性障害は、うつ状態だけでなく躁状態・軽躁状態を含む気分の変動を伴う疾患です。ただし、本人の具体的な症状や診断上の分類まで、外から推測できるわけではありません。この記事で扱うのは、公表済みの本人の経験だけです。医療上の用語の違いについては、国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」も参考にしています。

取材・出典:NHK Eテレ『ハートネットTV』の取材内容を伝えたORICON NEWS(2025年12月)

こっちのけんとはどんな人? 音楽を始める前からの歩み

実は、最初から歌手を目指していたわけではない

こっちのけんとは1996年生まれのマルチクリエイター。菅田将暉さんの弟として紹介されることもありますが、音楽歴は単なる「有名人の弟」という言葉では説明できません。子どもの頃はダンスを習い、父親が自宅や車で流していた音楽に親しんでいたといいます。

大学ではアカペラサークルに所属。本人はBillboard JAPANのインタビューで、ビートボックスへの興味が入部の入り口で、4年間の活動を通じて表現力や歌唱技術を磨いたと説明しています。アカペラの全国大会で結果を残した経験も、その後の一人で声を重ねる表現につながっています。

楽器が鳴っているように聴こえる声の使い方や、コーラスを重ねる楽しさ。2024年に大ヒットした歌の多層的なサウンドは、突然生まれた芸ではなく、大学時代から続く音楽体験の延長にあるのでしょう。

取材・出典:Billboard JAPAN・本人ロングインタビュー

兄への憧れと劣等感は、どちらもあった

俳優として活躍する兄・菅田将暉さん、のちに俳優として活動する弟・菅生新樹さん、経営の仕事に携わる父親。本人は家族に対する愛情をたびたび語っています。一方、家族の中で自分だけ目立つ取り柄がないように感じていた時期もあったそうです。

ここで注目したいのは、彼が兄への感情を一つに決めていないこと。「尊敬している」だけでも「比べられて苦しかった」だけでもなく、憧れ、悔しさ、愛情が同居していた。最初の配信シングル「Tiny」は、その複雑な兄弟の関係を本人の視点から音楽にした作品です。

兄の歩いた道をそのままコピーするのではなく、自分なりに受け取って返す。本人がインタビューで語った発想は、家族の名前から離れて自分の作品を作るまでの経緯を理解する手掛かりになります。

取材・出典:所属元の2022年「Tiny」リリース発表・本人コメント

公式動画:「Tiny」公式ミュージックビデオ

なぜ「あっちのけんと」から「こっちのけんと」になったのか

選んだのは、憧れの芸能界ではなく一般企業だった

大学卒業後、本人が選んだのはコンサルティング会社への就職でした。父親の仕事に関心があり、いきなり父親を手伝うよりも、まず外で経験を積みたかったと2025年のキャリアインタビューで話しています。

仕事は嫌いではなく、むしろ面白かったそうです。問題は、求められた以上の仕事を抱え込みすぎたことでした。たとえば一年先の計画を考える仕事で、十年先のことまで提案しようとする。知識や経験がまだ足りないと感じて、家でも勉強を続ける。相手を満足させたい気持ちが、自分の負荷を増やしていたのです。

この話は「嫌な会社に入って病気になった」という単純な構図とは違います。好きで、得意で、評価されていた仕事でも、自分の限度を超えてしまうことがある。 それが本人の言葉から見える重要な点です。

小さな失敗をきっかけに、自分への信頼が崩れていった

2025年12月に放送されたNHK Eテレ『ハートネットTV』では、当時の状況がさらに具体的に語られました。社内イベントを任されて成功させ、能力を評価されていた一方、会議室の手配を忘れるという失敗から自信が揺らぎ、次第に出社できなくなったという内容です。

ただし、一つのミスが病気の原因だったと断定するべきではありません。 それ以前から、本人には周囲の期待に完璧に応えようとする働き方がありました。小さな失敗は、積み重なっていた負担が表面化する一場面として語られています。

本人の説明では入社から約半年で動けなくなり、休職を経て約一年で退職。回復の時期や診断の経緯をすべて公開しているわけではないため、日付や医学的な判断は公表された範囲にとどめます。

取材・出典:本人のキャリアインタビュー「仕事は頑張るものじゃない?」

取材・出典:『ハートネットTV』で語った会社員時代のエピソード

名前に込めたのは「背伸びする自分」と「素の自分」の違い

スーツを着て働いていた頃の自分は、どこか背伸びをしている「あっちのけんと」。それに対して、歌っている自分の方が自然に感じられたため、「こっちのけんと」という名義を使うようになったと本人は説明しています。

この名前を知ってから「はいよろこんで」を聴くと、ただ仕事を引き受ける人の歌には聴こえなくなります。周囲に合わせすぎていた自分を、一度外から見ようとする歌でもあるように感じられます。後半は作品を読み取るうえでの解釈であり、本人の診断に関する説明ではありません。

取材・出典:「あっちのけんと」という名前の由来を語ったインタビュー

会社を離れた後、なぜ音楽へ向かったのか

療養中に音楽を作り始めたことについて、本人は「プロになるため」という意識はなかったと話しています。外へ出て働くことが難しかった時期、自分がどうしてもやりたいと思えることが音楽だった。本人にとっては、まず自分のための表現でした。

もっと意外なのは、今でも「歌手という肩書き」に強くこだわっていないという話です。自分の経験を伝えるのに、たまたま音楽が合っていた。もし絵が得意なら絵で表現していたかもしれない。そう語る本人の姿からは、ヒット曲を作ることより先に、何かを人へ伝えることが目的としてあるように見えます。

また、働いていた頃についた「事前に調べすぎる癖」は、現在の共演者への準備にも残っているそうです。過去を全部捨てて別人になったというより、役に立った部分を持ちながら、無理をする仕組みは変えようとしている。ここに、働き方を考えるサイトとして注目したい変化があります。

取材・出典:療養中の作曲、現在の仕事観と準備についての本人インタビュー

曲を順番に聴くと分かる、こっちのけんとが歌ってきたこと

「はいよろこんで」だけを知っていると、彼の音楽はユーモラスなダンスソングに見えるかもしれません。けれど前後の曲を時系列で並べると、兄弟への思い、自分を生かす言葉、助けを求めること、期待からの距離、自分や他人の違いを認めることへと主題が広がっているのが分かります。

2022年「Tiny」|兄と同じではない、自分なりの返事

初めての配信シングルは、兄弟を題材にした「Tiny」。幼い頃に一緒に過ごした兄への複雑な感情を、思い出と現在を行き来しながら描いています。所属元の発表にも、愛情や憧れとともに、対抗心や嫉妬も含まれることが説明されています。

家族との関係を美談だけにしないからこそ、この歌には生身の感情があります。「すごい兄がいる」という周囲からの見られ方と、「兄を見ながら育った弟」という本人の時間は同じではありません。

2022年「死ぬな!」|強い言葉を、軽快な曲に乗せた理由

次に出した「死ぬな!」は、重いテーマをあえてポップな音に乗せた楽曲です。本人は、死にたい気持ちを抱えている人へ言葉を届けたいという制作意図を明かしています。

ここでは、単に明るい応援歌として紹介するよりも、なぜそうした内容を軽やかな音楽にしたのかが重要だと思います。内容が重くても、リズムに乗って耳に入ることで届く人が増える。歌詞を読まなくても、声や振り付けから近づける。彼は自身の経験をそのまま暗い曲にするのではなく、聴く人が受け取れる形へ変えているようです。

Billboard JAPANのインタビューでは、この曲の後に届いた切実な反応に触れています。ただし、音楽を聴けば必ず気持ちが改善するという意味ではありません。作品が誰かの支えになったという経験を、本人の言葉として受け止めたいところです。

公式動画:「死ぬな!」公式ミュージックビデオ

取材・出典:「死ぬな!」に届いた反響についての本人インタビュー

2024年「はいよろこんで」|「断れない人」のSOSを、踊れる歌に

大きな転機になった「はいよろこんで」は、2024年5月に発表されました。イントロから耳に残るビート、アニメーション作家・かねひさ和哉さんの映像、ダンス動画との相性が重なり、SNSから広く知られるようになった作品です。

しかし、タイトルをそのまま「喜んで仕事を引き受ける歌」と受け取ると、核となる部分が見えなくなります。本人が配信ページで説明しているのは、我慢と優しさ、病気の状態の境界が自分でも分からなくなる感覚と、日常的にSOSを出すことの大切さでした。

サビ前に聞こえるモールス信号はSOS。心電図を思わせる「3〜6マス」という表現についても、本人は、危機的な状態になる前に周囲へ知らせるという考えと結びつけて説明しています。「3〜6マス」を医学的な正常値の説明として扱うのではなく、楽曲の中の表現として理解するのが適切です。

最初に考えていた歌のテーマは、実は今とは少し違ったそうです。生きるだけでも精いっぱいだった人に、周囲がさらに仕事や成果を求める。その違和感を歌おうとしていたものが、制作の過程で「助けを求める」というメッセージへ形を変えていったと本人は語っています。

苦しい人に「もっと頑張れ」と言うのではなく、限界になる前に知らせていいと伝える。 その意味を知ると、陽気なリズムと切実な主題が矛盾せず、むしろ一つの表現になっていることが分かります。

公式動画:「はいよろこんで」公式ミュージックビデオ

取材・出典:アーティスト本人の作品解説(TuneCore Japan)

取材・出典:楽曲が形を変えていった過程についての本人インタビュー

2024年「もういいよ」|世間の評価と、自分の姿との距離

大ヒットを経験した後の「もういいよ」には、さまざまな読み方があります。TOKYO FMの番組で本人は、自分自身の疲れへの気持ち、周囲から寄せられる意見への気持ち、そしてもっと素の自分を見せてもよいという気持ちを、この曲名に重ねたと説明しました。

「はいよろこんで」から「もういいよ」へ。この2曲を続けて聴くと、周囲の声に応えようとする自分と、そこから距離を取りたい自分が行き来しているように聴こえます。ただし、それは楽曲のテーマを読み解くための見方であり、当時の本人の症状を歌詞から判断するものではありません。

取材・出典:TOKYO FM「THE MOMENT」楽曲制作インタビュー

2025年「けっかおーらい」「それもいいね」|正解は一つではない

2025年の「けっかおーらい」は、アニメ『ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミア ILLEGALS-』のオープニングテーマ。本人は原作のヒーローたちが制約を抱えながら誰かを助ける点に、自分の過去と通じるものを感じたと説明しています。単純に「頑張れば勝てる」と歌わず、うまくいかない人の努力も視野に入れているのが特徴です。

一方、NHK Eテレ『The Wakey Show』のために作った「それもいいね」では、子どもを大人の理想へ当てはめるのではなく、それぞれの違いを受け止める言葉を選んだと話しています。かつて自分自身が「理想の社会人」に近づこうとしていたことを思い出すと、他人にも自分にも選択肢を認める方向へ歌詞が広がっているように感じます。

この頃のインタビューには、言葉の細かなニュアンスを大切にする姿もよく出ています。ひらがなの優しさだけでなく、どこか機械的で不気味な響きにも惹かれるという説明は、「はいよろこんで」の明るさに違和感が混ざる理由を考えるヒントになります。

取材・出典:歌ネット「けっかおーらい」の制作背景

取材・出典:歌ネット「それもいいね」と言葉へのこだわり

2025年「ごくろうさん」|勝ち続ける以外の生き方を歌う

「ごくろうさん」では、勝利や成功だけを成果と見なさず、負けた経験や立ち止まった時間にも目を向けています。公式MVの説明欄で本人は、アカペラ大会に優勝した年も、その前年に負けたことも、どちらも自分の力になったという趣旨の言葉を残しました。

会社で成果を出し続けようとしていた時期、大ヒットで注目された時期、そして休むと決めた時期。そのどれにも共通する「結果のためにどれだけ頑張ったか」という物差しから、少し距離を置いた歌として聴くこともできます。

公式動画:「ごくろうさん」公式ミュージックビデオ

2026年「ゴロンとドロン」と「ことのは」|新しい物語と、変わらない主題

2026年にはNetflixアニメ『だんでらいおん』主題歌「ゴロンとドロン」を担当。明るい未来への怖さや、つい逃げてしまう気持ちを、ダークでポップな音楽にしたとコメントしています。アニメの登場人物や物語へ寄り添いながら、自分の経験と通じる主題を選んでいるようです。

さらに、10月30日配信予定と発表されたSO-SOとの共作曲「ことのは feat. SO-SO」では、決めつけられた肩書きではなく一人の人間として理解されたい、というテーマを掲げています(※2026年10月26日時点では配信予定の情報)。言葉がうまく届かないもどかしさを、声を生かした遊び心のあるサウンドに落とし込んだ作品です。

「菅田将暉の弟」「うつを経験した人」「はいよろこんでの人」。本人に付けられる呼び名はいくつもあります。でも、作品を一曲ずつたどると、どの肩書きよりも自分自身の言葉で理解してほしいという姿勢が一貫しているように思えます。

取材・出典:「ゴロンとドロン」を語ったTOKYO FMの番組レポート

取材・出典:「ことのは feat. SO-SO」発表時の本人コメント

なぜ2025年に活動をセーブしたのか──大ヒットのあとで選んだ判断

活動セーブからの復帰を語るこっちのけんと。マイナビニュースより引用
2025年、活動セーブと復帰について語ったこっちのけんと。マイナビニュース(2025年4月2日)より引用

「はいよろこんで」は大ヒットし、こっちのけんとは2024年の日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞、NHK紅白歌合戦にも出場しました。しかし翌2025年の始まりに、本人は仕事量を減らす意向を発信します。

2025年2月放送の『日曜日の初耳学』で振り返ったのは、2024年には通常の自分をはるかに超える力を発揮できてしまったという感覚でした。本人はそれを「2000%」という比喩で説明し、そのまま続ければいつか倒れてしまうと感じていたと語っています。これは医学的な数値ではなく、本人の主観的な負荷を伝える言い方です。

この発言が重いのは、本人が人気を得たからこそ大きな仕事を断る必要に迫られた点です。仕事が来ないつらさだけでなく、望んでいた仕事が次々来ることも、本人にとっては慎重に向き合うべき状態になり得る。そのことを公に説明した判断には、学べる部分があると思います。

また、2025年3月には活動セーブ期間の終了を報告しています。ただし、再開したことは病気が完全に治ったことと同義ではありません。以後も活動の仕方について本人が折に触れて言葉にしています。

取材・出典:『日曜日の初耳学』本人の活動セーブに関する発言

取材・出典:2025年の活動再開時期についても触れた報道

ここでmiletさんとの意外な接点があった

実は『日曜日の初耳学』で、こっちのけんとに「はいよろこんで」の歌詞の作り方を質問した出演者の一人が、miletさんでした。こっちのけんとは、まずタイトルとなる言葉が浮かび、そこから曲のほかの部分をパズルのように作っていったと説明しています。

miletさん自身も、別の機会に休養経験とうつ病の診断について語っていますが、両者の病気や状況を同一視する必要はありません。 ただ、音楽をつくる人同士が楽曲の生まれ方について言葉を交わしていたという事実は興味深いものです。

関連記事:miletはどんな人?うつ病による休養と復帰、楽曲に込めた思いを本人の言葉でたどる

ファンはどう受け止めたのか──「踊れる曲」と「自分への言葉」の二つの入口

曲への考察を、本人も受け止めてきた

「はいよろこんで」は短い動画やダンスで広く知られました。しかし反応はダンスの面白さだけにとどまりません。MVのモールス信号や細かな演出を読み取る考察が次々と生まれ、本人はYouTubeで視聴者のコメントについて語る動画まで公開しています。

Real Soundの2024年の分析記事によれば、視聴者の鋭い考察に本人が短く反応することもあり、ファンがそのやりとりを楽しむ文化ができていました。楽曲の意味を一方的に発表して終わるのではなく、読者や視聴者の受け止め方が、作品の周りに新しい会話を作っているのが特徴的です。

取材・出典:Real Sound・本人と視聴者のYouTube上の交流について

本人の病気の話に、寄り添う反応もあった

2025年の『日曜日の初耳学』放送後には、双極性障害について話してくれたことへの感謝、無理をしてほしくないという声、自分の経験と重ねた反応などが寄せられたと番組公式サイトが伝えています。

さらに「死ぬな!」には、楽曲をきっかけに踏みとどまれたと伝える人もいたと、本人自身が過去のインタビューで振り返っています。こうした言葉を軽く「音楽が人を救った」とまとめるべきではないでしょう。誰かが孤独を言葉にできたことと、病気が治ったことは別だからです。

ここで取り上げたファンの反応は、放送局のレポートや取材記事で確認できた例です。全ファンの総意でも、反応の割合を示す統計でもありません。反応が肯定的なものだけだったと断定せず、確認できた範囲を紹介しています。

取材・出典:番組公式の放送後反響

取材・出典:「死ぬな!」への連絡について語った本人インタビュー

距離の近いイベントで、本人が受け取ったもの

2026年1月、本人をモデルにしたキャラクター「コッチモ」の書籍『コッチモフレンズ』の発売記念イベントでは、ミニライブとファンとの交流が実現しました。本人は、前年はファンと直接会う機会が少なかったため、久しぶりに顔を合わせられたことがうれしかったと話しています。

大舞台に出た経験がある人でも、小さな会場で歌うことには別の緊張がある。本人が歌詞を間違えて照れる場面も報じられました。それを含めて、手の届く距離で人と会う喜びを取り戻しているような印象を受けます。

2026年の目標についても、本人は会場の規模を大きくすることより、身近な場所で歌を届ける時間を増やしたいという趣旨の発言をしています。ファンとの関係を数字だけで捉えない姿勢は、会社員時代の「成果を出し続けなければ」という感覚と対照的にも見えます。

取材・出典:2026年1月ファン交流イベントの報道

取材・出典:『コッチモフレンズ』イベント取材

家族と日常──大舞台に立つ人にも、普通の暮らしがある

本人は2025年の番組で、妻の存在が大きな支えになっていると話しました。また、2026年3月には第一子の誕生を報告しています。結婚や家族の出来事はニュースの見出しにもなりますが、他人が「家族がいるから病気は大丈夫」と判断できるものではありません。本人の言葉を尊重し、支えとなる関係の一部として紹介したいと思います。

2026年のラジオ番組では、新しく家族を迎えた日常のことや、子どもとの暮らしについても自然な調子で話しています。舞台の上だけでは分からない表情があり、生活者としての時間と音楽家としての仕事が少しずつ重なっていることを感じられます。

取材・出典:妻の支えについて語った本人の言葉

取材・出典:2026年の家族との暮らしを語ったラジオレポート

2026年の現在──「成功した人」のままでなく、続けられる人へ

2026年も、こっちのけんとはライブ、アニメ主題歌、他のクリエイターとの共作など、新しい活動を重ねています。一方で、かつて本人が「頑張りすぎてしまう」と振り返った働き方を考えると、仕事が増えることだけを成功として扱うのは違うはずです。

本人はキャリアインタビューで、気持ちを無理に奮い立たせるより、自然に生まれてくる意欲に合わせて活動したいと説明しています。以前の「頑張りすぎる」癖は簡単に消えるものではなくても、その癖を知ったうえで働き方を組み立てる。そこに現在の転機があるように思います。

記事を読み終えた後に「はいよろこんで」をもう一度聴くなら、まずは人の期待に応え続けていた会社員時代を思い浮かべてみてください。そして、曲にSOSを織り込みながらも、多くの人が一緒に踊れる音楽へ仕上げた理由を考えてみてほしいです。

この記事から持ち帰りたいのは、病気を経験すれば才能が生まれるという話ではありません。得意なことも、好きなことも、自分を追い込む理由になり得る。だからこそ、続け方を変える選択もできる。 こっちのけんとの本人の言葉と作品には、そのことを考えるための手掛かりが多く残されています。

もっと深く知りたい人のための資料・公式動画

まず本人の考えをじっくり知りたい場合は、Billboard JAPANのロングインタビューと会社員時代を振り返ったキャリアインタビューがおすすめです。曲の言葉づかいまで読みたいなら、歌ネットの3ページにわたるインタビューが参考になります。

活動調整についての本人の発言と視聴者の反応は『日曜日の初耳学』番組公式記事、音楽で再び人とつながる姿は2026年のファン交流イベントの取材で確認できます。

※本文は2026年10月26日までに公開された資料をもとに作成。本人の病名・活動歴については公表内容を優先した。曲の解釈は本人の発言と区別して記述し、歌詞の長文転載は避けている。

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