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山口一郎さんのうつ病の話を聞いて、治療を終えた僕が思い出したこと

休む・辞める

サカナクションを知ったのは、もうかなり昔です。

デビューしてまだそれほど経っていない頃だったと思います。タワーレコードでCDが大きくプッシュされていて、そこで初めて知りました。

それから曲を聴くようになり、何度かライブにも足を運びました。

だから僕にとって山口一郎さんは、「うつ病を公表した有名人」として知った人ではありません。

ずっと前から好きだったミュージシャンが、十年以上経ってから、自分も経験した病気について話すようになった。

その順番でした。

うつ病だった頃、『kikUUiki』をよく聴いていた

僕が最初にうつ病になった頃、よく聴いていたアルバムの一つがサカナクションの『kikUUiki』でした。

『kikUUiki』は2010年3月に発売された4枚目のアルバムです。 今振り返ると、自分がかなりしんどかった時期の記憶と、このアルバムが結びついています。

当時は昼夜が完全に逆転していました。

夜がとにかく長かった。

みんなが寝ている時間に起きていて、朝が来ても特に何かが始まるわけではない。その時間がかなり苦痛でした。

毎日音楽を楽しめていたわけでもありません。

体調が比較的いい日に『kikUUiki』を聴いていました。

今でもこのアルバムを聴くと、曲そのものとは別に、あの頃の夜の長さを思い出します。

ずっと後になって、山口さんがうつ病を公表した

その後もサカナクションは聴いていました。

コロナ禍になってからは、山口さんがSNSや配信を通して話している姿を見る機会も増えました。

そしてずっと後になって、山口さん自身がうつ病を患っていたことを知りました。

山口さんは2022年6月にうつ病と診断され、その年の7月から休養。病名を公にしたのは2024年1月、ソロツアーの最終公演でした。

病気を公表したことにも驚きました。

でも僕にとってもっと大きかったのは、その後でした。

配信で話す症状に、昔の自分を何度も思い出した

山口さんは活動を休んでいた時期に、うつ病のリハビリとしてYouTubeで配信を始めました。

僕もその配信を見るようになりました。

そこで語られることが、思っていた以上に生々しかったんです。

2026年に本人が出演したPodcastでも、身体が鉛のように重くなって起き上がれなかったことや、リハビリとしてYouTubeを始めたこと、薬で体重が増えた姿も含めて配信していたことを振り返っています。

そういう話を聞くたびに、

「ああ、これ自分にもあったな」

と思いました。

調子が悪い日は本当に何もできない。

良くなったと思っても、また落ちる。

良くないことばかり頭の中で考えてしまう時期もある。

僕自身、朝になってみないとその日の調子が分からないような感覚がありました。

うつ病について検索すれば、症状はいくらでも文章で出てきます。

でも、実際にその中にいる人が、その時の自分の状態を自分の言葉で話しているのを見るのは、それとはかなり違いました。

昔の自分を目の前で見ているように感じることがありました。

同じうつ病でも、置かれている環境は同じではない

一方で、山口さんの体験と自分の体験を、そのまま同じものだとは思いませんでした。

有名なミュージシャンとして活動している山口さんと、一人の会社員だった僕では、病気になったときに置かれている条件が違います。

病気を公表した後の反応を見ていると、その環境の違いについて触れる意見も目にしました。

僕自身も、羨ましいと思うところがなかったわけではありません。

療養していた頃の僕は、生活費のことをずっと気にしていました。

働けない。

でもお金は必要になる。

いつまでこの状態が続くのかも分からない。

病気のことだけを考えて休めるわけではありませんでした。

だから山口さんを見ていて、同じ病気でも療養するときに背負っているものは人によって違うんだろうなと思いました。

ただ、それと症状への共感は別でした。

環境は違っても、

「これ、自分にもあった」

と思うことが何度もありました。

僕にとっては、そのことの方が大きかったです。

病気について話す姿には、僕にはできなかった強さがあった

僕は自分がうつ病になったことを、ほとんど他人に話してきませんでした。

療養していた頃は、インターネットでうつ病になった人の体験談をたくさん読みました。

誰かに共感したかったんだと思います。

自分だけじゃないと思いたかった。

でも、自分自身が誰かから、

「うつ病になった人」

として見られるのは嫌でした。

これは今でもあまり変わっていません。

山口さんは、自分自身の症状や回復の途中までかなり細かく発信しています。

2025年にサカナクション公式サイトへ掲載されたコメントでも、「怪獣」を完成させたあとも病気と向き合い続けていること、そして自身の記録が病気への理解につながればという考えを述べています。

そういう姿には、かなり勇気をもらいました。

病気になったことだけではなく、回復していく途中も、また調子を崩したことも、そのまま表に出している。

僕にはできなかったことです。

勇気をもらったけれど、僕はたぶん同じ選択はしない

ただ、ここは少し矛盾しています。

山口さんの発信には勇気をもらいました。

うつ病についてここまで話す人がいることにも意味があると思っています。

それでも僕自身が、もしまたうつ病になったらどうするかと考えると、会社や周囲に積極的に病気のことを話すとは思いません。

たぶん、また言わないと思います。

病気についての理解を広げようとも思わないかもしれません。

これは山口さんの姿を見ても変わりませんでした。

僕と山口さんでは、社会とのつながり方も、仕事も、病気を公表したときに起きることも違います。

だから、山口さんから勇気をもらったことと、山口さんと同じ選択をすることは、僕の中では別の話です。

むしろその違いまで含めて見られるようになったことの方が、自分には大きかった気がします。

今も「治った人」として発信しているわけではない

山口さんの発信を見ていて印象に残るのは、病気を克服して終わった話になっていないことです。

2026年9月にも、自身のXで「鬱病の揺り戻しの波も続く中」と現在の状態について触れています。 ツアーや制作を続けながらも、今なお波があることを発信しています。

これは僕にとって結構大きいことでした。

病気になった。

休んだ。

復帰した。

元通りになった。

そんな一直線の話ではありません。

調子がいい時期もあれば、また悪くなることもある。

それでも生活や仕事を続けている。

その様子を今も見られることに、僕は意味を感じています。

山口さんの中に、昔の自分を見ていた

僕がうつ病だった頃、『kikUUiki』を聴いていました。

その頃の僕は、十年以上経って、そのアルバムを作った人がうつ病になり、自分の症状についてここまで細かく話すようになるなんて当然知りません。

僕自身も、当時のことを普段から思い出して生活しているわけではありません。

治療が終わってから時間も経ちました。

仕事もしています。普通に生活しています。

でも山口さんの配信を見ていると、ときどき昔の自分がかなり近いところまで戻ってきます。

夜が長かったこと。

何もできなかったこと。

調子が戻ったと思ったら、また悪くなったこと。

人には病気のことを知られたくなかったこと。

いろいろ思い出しました。

それを思い出したからといって、何か答えが出たわけではありません。

僕も病気について積極的に発信しようと思ったわけではない。

ただ、昔の自分ともう一度向き合う機会をもらった。

僕にとって山口一郎さんの発信は、今のところそれが一番大きいです。

そして、それを大切にしておきたいと思っています。

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