Little Glee Monster(リトグリ)のMAYUが、2026年7月に「機能性発声障害」を公表した。驚いた人が多かったのは、声の不調だけではない。本人が、約10年にわたってその状態と向き合ってきたと打ち明けたことだろう。
多くの人が彼女を知ったのは、力強いハーモニーを楽しげに歌う姿からだったはずだ。だが、そのステージの裏には、思ったように声が出ない日もあった。本稿では、公式発表と過去の本人インタビューを中心に、MAYUが何を経験し、どんな言葉で歌うことへの思いを伝えてきたのかを丁寧にたどる。

MAYUは何者? リトグリで歌い続けてきたメンバー
Little Glee Monsterは、複数の歌声が重なるアカペラやコーラスを大きな特徴とするボーカルグループ。MAYUは結成初期からグループを支え、武道館公演や紅白歌合戦への出場、大規模ツアーなどを経験してきた。グループの楽曲は、単独の歌唱テクニックではなく、異なる声質がぶつかり合うことで生まれる力が魅力だ。
2018年のローチケのインタビューでは、グループとして武道館・紅白を実現してきた歩みが語られている。MAYU個人についても、2019年の5周年ツアーの取材で、これまでの歴史を振り返りながら新しいことも見せたい、と意気込みを話している。2018年インタビュー/2019年インタビュー。
2026年6月、歌唱中の体調不良から活動休止へ
2026年6月10日、シングル発売記念イベントでMAYUは歌唱中に体調不良となり、イベントは途中で中止された。翌11日、公式サイトは本人の回復を優先して一定期間活動を休むと公表した。当面はMAYUを除いた体制で活動する方針となった。
この時点の告知には、まだ具体的な診断名は記されていなかった。「体調不良」と「後から公表された診断」を同じ時点の出来事として扱わないことが大切だ。ファンには不安な時間だったと思うが、病状について憶測で補う必要はない。ソニー・ミュージック公式:6月11日発表。
7月15日、本人とスタッフが「機能性発声障害」を公表
7月15日の公式発表で、MAYUは診察の結果「機能性発声障害」と診断されたことが明らかにされた。声が震える、裏返る、かすれるといった症状があり、特定の場面では発声が難しいという。医師とボイストレーナーによる治療・リハビリを継続する方針も示された。
ここで注意したいのは、機能性発声障害を「ただの気持ちの問題」「うつ病そのもの」と片づけないこと。公式説明は、見た目にわかりにくいことや人によって症状・要因が異なることを強調している。本人の診断や治療について、外部から一律の原因を決めつけるべきではない。
この日、7月18日のTBS『音楽の日2026』から活動を再開することも発表された。回復が完了したという意味ではなく、通院とリハビリを続けながら歌うことを本人が選んだ、という位置づけだ。出典:7月15日公式発表(本人コメント全文)。
約10年の不調を抱えながら、何を考えていたのか
声が出ない日々と、自分を見ないようにした時間
MAYUが公式コメントで振り返った約10年という時間は、デビュー後の大部分と重なる。表で歌いながら、裏では「なぜ自分の声が思うようにならないのか」という戸惑いを持ち続けていた可能性がある。ここは本人の表現を越えて心理を決めつけることはできないが、彼女は自分の状態から目を背け、折り合いのつけ方がわからない時期もあったことを明かしている。
その経験を語った上で、歌うことがつらくなる瞬間もあったと伝えた。美しいハーモニーを提供する仕事にとって、声は表現そのもの。意志と音が一致しない感覚は、聴いている側には見えにくい。
それでも変わらなかった「歌が好き」という気持ち
「それでも、結局わたしは歌うことが大好きです」
この短い一文が、今回の発表の核だろう。休養しても歌いたい気持ちは変わらなかったと本人は述べている。ただし、好きなら苦しくても頑張れるという意味には取りたくない。本人は専門家の支えと治療の継続を前提に、歌い続ける選択を表明しているからだ。引用出典:MAYU本人コメント、2026年7月15日。
病気を自分の一部として受け止めるまで
公式コメントでMAYUは、発声障害とともに生きていくことを受け入れたと語る。「克服」だけを唯一のゴールにしない考え方は、楽観的な決意とは少し違う。体の状態が完璧でなくても、自分の望む活動と、体のケアを両方大事にするということなのだと思う。
休養中に自分と向き合う時間があったこと、復帰のタイミングであえて公表を選んだことも重要だ。病名を明かすかどうかは本来本人が決めるもの。その上で言葉にしたからこそ、同じような声の悩みを持つ人にも届く余地が生まれた。
過去のインタビューを読むとわかるMAYUの人柄
2020年――忙しさの中で鈍っていた感覚を取り戻す
2020年、ライブやツアーの開催が難しくなった時期。ぴあ音楽のインタビューでMAYUは、自分はもともと物事を敏感に感じるタイプだが、多忙になるにつれてその感覚が鈍くなっていたと話した。自粛期間はその感覚を取り戻す機会でもあったという。
2026年の出来事を知った後に読むと、単にポジティブな人というより、心身の状態や自分の内側の変化を丁寧に捉えようとする人だと感じる。ただし、この2020年の発言を当時の発声障害に直接結びつける根拠はないので、別の経験として読んでほしい。ぴあ音楽・2020年のグループインタビュー。
2022年――ライブで歌うことへの喜び
『Your Name』の取材では、MAYUとmanakaが楽曲への思いとライブについて語っている。コロナ禍で思うようにライブができなかった後、配信であっても生で歌えることがうれしかったという発言がある。発声に困難を抱えていた時間と、ステージに立ちたい気持ちは並行して存在していたのかもしれない。リスアニ!インタビュー(2022年)。
2024年――過去の曲を今のメンバーで歌い直す
グループはメンバーの変遷を経験し、2024年には10周年を迎えた。ソニーミュージックグループの取材でMAYUは、曲には思い出があり、新しい思い出が増えることも前向きに捉えていると語った。同じ『世界はあなたに笑いかけている』を今の6人が歌えば、以前とは異なる響きになる。それは過去を捨てることではなく、曲とともに時間を重ねていくことなのだろう。Cocotame・10周年インタビュー。
曲を聴くと、MAYUたちが届けてきたメッセージが見える
『世界はあなたに笑いかけている』――開かれた明るさ
グループを初めて知る人には、まずこの代表曲を勧めたい。軽快なリズムと全員の声の重なりが「一人で歌うのではない」というリトグリの強みを伝える。2024年に公式チャンネルでフルMVが公開されている。公式MVを見る。
『足跡』――不確かな時期に、それでも進むこと
2020年の『足跡』はメンバーたちが作詞に関わり、NHK全国学校音楽コンクールの中学校の部の課題曲にもなった楽曲だ。先が見えない時間を経験する人に向けたメッセージとして届けられた。今回の発表後に聴くと歌声への印象が変わるかもしれないが、2026年の病状を予告した曲ではないことは区別しておきたい。『足跡』公式MV。
『君といれば』――歌う声が変わっても、曲の記憶は続く
リトグリの楽曲には、メンバーの休養や復帰、人数の変化と一緒に歩んできたものがある。『君といれば』は過去に複数の歌唱体制があり、2024年には新しい6人でも歌われた。人の変化と曲の継続性を重ねて聴きたい作品だ。10周年取材での楽曲エピソード。
復帰はゴールではなく、続けていくための出発点
歌手の仕事では、「復帰した」という見出しは強い。しかし本人とスタッフの説明を読む限り、MAYUは治療とリハビリを続けながら活動していく。長いステージや負荷の大きい仕事も含めて、その時々の体調に応じた判断が必要になるだろう。
だから、以前と全く同じ歌声であることを求めるのではなく、今この瞬間の彼女たちの歌を受け取ることに意味があると思う。歌うことへの思いを公表するのは簡単なことではないし、必要以上に「感動の復活物語」にするのも違う。本人がどこまで話したかを尊重しながら、活動の続きを見守りたい。
MAYU本人の著書・関連作品は?
現時点で確認できた一次資料には、MAYUが単独で執筆した著書の情報は見当たらなかった。そのため、著書があるかのような商品紹介は載せていない。彼女の表現に触れる入口として、まず公式MVと過去のインタビューを案内したい。グループのCDや映像作品を紹介する場合も、個人の著書とは分けて扱う。
参考資料
ソニーミュージック公式・6月11日活動休止/同・7月15日病名公表と本人コメント/ぴあ音楽・2020年取材/リスアニ!・2022年取材/Cocotame・2024年10周年取材/公式プロフィール(写真出典)。



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