miletの曲を聴くと、どこか映画のワンシーンを見ているような感覚になることがある。壮大なコーラス、少し影のある響き、風景が浮かぶ歌詞。だが、彼女は単に「映画好きの歌手」というわけではない。
小学生からフルートを学び、クラシックを聴き、大学では映像と音の関係を研究した。愛聴してきたのはRadioheadやSigur Rós、Björk、くるりから、Slipknotのようなヘヴィな音楽まで。小説『沈黙』を繰り返し読み、『2001年宇宙の旅』の無音に惹かれ、『タクシードライバー』を何度も観ている。そして、2023年には『鬼滅の刃』、2023年から2026年にかけては『葬送のフリーレン』の音楽に携わってきた。
こうした経歴を作品名のリストで終わらせるのはもったいない。彼女はなぜ、それらの作品を好きなのか。何を受け取り、どう自分の音楽に変えているのか。 本人が語ってきた言葉を時系列で追うと、文学・映画・音楽に一貫する表現への態度が見えてくる。
先に断っておくと、ある映画を好きだと公言したことと、ある曲の直接の元ネタになったことは別だ。この記事では本人の発言で確認できることを土台にしながら、その共通性についてはSOLITUDの考察として分けて記す。
- 「物語の中に入る」――miletは、主題歌をどう考えているのか
- 第1のルーツ:フルートとクラシックが教えた「音で風景を描くこと」
- 第2のルーツ:Radiohead、Sigur Rós、Björk、そしてメタル
- 第3のルーツ:『2001年宇宙の旅』――音楽がない瞬間も表現になる
- 第4のルーツ:『タクシードライバー』――人物の内側を音で見る
- 第5のルーツ:『シェルブールの雨傘』――同じ音楽が、場面によって別の意味になる
- 第6のルーツ:遠藤周作『沈黙』――揺らいだときに、自分の「核」を問い直す
- どう曲が生まれるのか:小説の一場面から「頭の中のショートムービー」へ
- 『葬送のフリーレン』「Anytime Anywhere」――原作を読み直して見つけた「風」の視点
- 2026年「The Story of Us」――同じ物語を、時間の経過とともに書き直す
- 『鬼滅の刃』「コイコガレ」――自分で書かないからこそ、声で物語を読む
- 2026年『Made of Glass』――「信じる強さ」から「弱さを見せる強さ」へ
- miletの作品を、もう一度聴き直すために
- 参考・出典
「物語の中に入る」――miletは、主題歌をどう考えているのか
最初に押さえておきたいのは、本人の考えるタイアップ曲の立ち位置だ。2026年のBillboard JAPANの取材でmiletは、デビュー当初から物語の中に深く入り込み、壮大なファンアートを描く気持ちで曲を作ってきたと話している。
ファンアートという言葉が面白い。原作を説明するための曲でも、歌手の名前だけを押し出すための曲でもない。まず作品があり、その世界を理解した一人の表現者が、自分なりの読みを音楽として差し出す。だから原作への敬意と、自分の感情の両方が必要になる。
2019年のReal Soundの取材でも、映画の挿入歌が目立つこと自体を目標にするのではなく、観客がシーンを覚えていて、後からそこに良い音楽があったと気づくような関係を理想として語っていた。アニメーションなら声優の芝居と同じくらい、音楽も作品になじむべきだという考えだ。
つまり、miletのタイアップ曲を考える鍵は「作品をどれだけ自分のものにするか」ではなく、「自分の声を使って、どれだけ作品の一部になれるか」にある。2026年に至るまで、この軸は大きく変わっていないようだ。
出典:Billboard JAPAN・2026年『Made of Glass』インタビュー/Real Sound・2019年『バースデー・ワンダーランド』インタビュー
第1のルーツ:フルートとクラシックが教えた「音で風景を描くこと」
miletは両親の影響で幼い頃からクラシック音楽が身近にあり、小学生でフルートを始めた。音楽大学への進学も考えたが、映画音楽への関心から映像も学べる大学へ進んだと話している。
好んでいた作曲家として挙げたのはベートーヴェンやパガニーニ。学生時代には映画の中で音楽が果たす役割や効果音を研究していた。単にメロディーが美しいかどうかではなく、映像の時間や空間が、音によってどう変わるのかに関心を持っていたことが分かる。
2026年のFashion Pressの取材では、自分の楽曲ではコーラスを重ねてサウンドを大きくしていくのが好きで、それにはクラシックの影響もあるかもしれないと語っている。壮大な音像を作るためのコーラスは、デビュー後に突然生まれた演出というより、昔から耳になじんできた音楽の感覚とも重なるのだろう。
ただし、クラシックを学んだからすべてのアレンジを自分で決めている、という意味ではない。楽曲は共作者やアレンジャーとの共同制作でもある。彼女がどのような音を好み、どう歌で参加するのかという視点で読むのが適切だ。
出典:歌ネット・2022年インタビュー/CINRA・2019年インタビュー/Fashion Press・2026年インタビュー
第2のルーツ:Radiohead、Sigur Rós、Björk、そしてメタル
90年代UKロックと北欧の音――「暗さ」よりも広がりへの感覚
miletは2019年のCINRAの取材で、好きな音楽としてKula Shaker、Radiohead、Sigur Rós、Björkを挙げている。2020年のFM802との対談でも、初めて買ったCDはMuse、ライブではKula Shaker、Noel Gallagher、Gorillaz、Sigur Rósなどを観てきたと話した。アイスランドのポストロックも好きだという。
これらを一括りに「暗いロック」と呼ぶのは違うと思う。ギターの轟音、ゆっくり変化する空間的な音、声そのものを楽器のように使う表現など、個性はかなり異なる。それでも、歌詞の意味だけでなく音の質感や響きが感情を運ぶ作品が多いという共通点は見いだせる。
この好みを知っていると、miletの声がただ強いだけでなく、息や残響まで含めて印象を作っていることに目が向く。ただし「この曲のこの音はRadiohead由来」といった直接的な影響までは、本人の発言なしに断定できない。
Slipknot、Kornに見ていたのは激しさだけではなかった
2023年のTHE FIRST TIMESのインタビューでは、メタルのルーツとしてKorn、Slipknot、Rob Zombie、Metallicaを挙げている。彼女が惹かれるのは音の激しさだけではなく、その奥にある愛情やドラマ性だという。アルバム『5am』の「b r o k e n」では、The Pretty Recklessを参考にヘヴィなロックへ挑戦したとも話した。
これは「美しい声の人なのにメタルが好き」という意外性だけで済ませたくない。miletが好きな表現には、強さの内側に柔らかさがあったり、優しさの奥に鋭さがあったりする。異なる感情が同時に存在するところに、本人がドラマを感じているのではないか。
くるり、チューリップ、手嶌葵、Salyu――日本語と声の感触
日本の音楽では、くるりやチューリップへの愛情を語っている。2019年にJ-WAVEで選んだチューリップの「千鳥橋渋滞」については、歌とハーモニーの魅力を熱心に説明した。同じ番組で紹介した手嶌葵「東京」は、聴くと慣れ親しんだ東京の風景が新しく見える曲だという。
また2022年の歌ネットでは、もともと自分の声は今ほど特徴的ではなく、録音した歌声を聴きながら歌い方を研究してきたことを明かしている。好きだったSalyuの空気感なども参考にして、現在の声の表情を作ってきたそうだ。miletの声は「生まれつきの才能」だけではなく、本人が選び、研究し、作ってきた表現でもある。
もう一つ重要なのが日本語と英語の扱い方。本人は、まず英語で詞を作ってから日本語を織り交ぜる方法や、英語の響きから日本語の韻を考える手法を語っている。意味だけでなく、口に出したときの音の気持ちよさを大切にしているのだ。
出典:CINRA・音楽のルーツ/Billboard JAPAN・FM802対談/THE FIRST TIMES・2023年インタビュー/J-WAVE NEWS・邦楽4曲/歌ネット・歌声と歌詞の作り方
第3のルーツ:『2001年宇宙の旅』――音楽がない瞬間も表現になる
miletにとって、クラシックと映画を強く結びつけた作品の一つがスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』だ。リヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』など、耳になじんだクラシック音楽を入り口にこの映画へ惹かれた。
興味深いのは、彼女が最初から作品を理解できたわけではないこと。本人によると途中で何度も眠ってしまい、原作を読んでも意味が分からなかった。それでも観直し、音の使い方に発見を重ねていった。
なかでも注目したのが宇宙空間の「無音」だ。映像があるのに音がない。その空白が、かえって緊張感や距離感を生む。miletは大学で映画の音について学んでいたとき、こうした演出を研究していた。
音が鳴る場面を評価するだけでなく、なぜ鳴らさないのかを考える。ここに、完成した音楽を聴くだけのリスナーではなく、演出を読み解く人としてのmiletが見える。
『キリング・フィールド』の明るい曲と残酷な映像
2019年のJ-WAVEでは、映画『キリング・フィールド』でPaul McCartney & Wingsの「Band on the Run」が使われた場面を挙げ、映像と音楽が正反対の印象を与える演出に衝撃を受けたと話している。残酷な場面に明るい曲を重ねる「対位法」の効果を、映画理論として学んだという。
つまり彼女は、悲しいシーンに悲しい曲を当てるだけが正解ではないと知っている。音楽は映像に同意するだけでなく、映像の意味を変えることもできる。 これは後に主題歌を作る際の思想と無関係ではなさそうだ。ただし、実際のタイアップ曲で本人が同じ手法を意識的に使ったとまでは確認できない。
出典:PINTSCOPE・映画音楽と無音の話/J-WAVE『SONAR MUSIC』放送内容
第4のルーツ:『タクシードライバー』――人物の内側を音で見る
マーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』は、本人が「不動の一位」と語る映画だ。2022年のCREAの取材では、100回以上観たと思うと話し、バーナード・ハーマンの劇伴、ロバート・デ・ニーロの目線や所作にまで惹かれていることを明かしている。
この作品を好む理由を、主人公に共感するから、と簡単に片づけてはいけない。映画には主人公の危うい認識や暴力が描かれており、彼の行動を肯定することと、演技や音楽に魅了されることは違う。
注目したいのは、彼女がスコアと視線と動作を同時に見ていること。登場人物の内面が説明台詞だけでなく、映像の細部や音楽の質感によって伝わるところを見つめているように感じられる。後に自分の頭の中で登場人物のいる空間を思い浮かべ、そこに音を作る方法とも通じる感覚だ。
なお、この作品を好きだからmilet自身の心理や価値観が主人公に似ているという読み方には根拠がない。彼女の関心は、むしろ表現の仕組みと、作品が自分に引き起こす感情にあるのではないだろうか。
第5のルーツ:『シェルブールの雨傘』――同じ音楽が、場面によって別の意味になる
前稿では触れられなかったが、miletの映画観を考えるうえで欠かせないのがジャック・ドゥミ監督の『シェルブールの雨傘』だ。2022年のPINTSCOPEで、心に残る一本として最初に挙げた作品でもある。
雨の雰囲気や詩的な感触に惹かれるとともに、彼女は同じテーマ曲が場面によって違った意味に聴こえること、色彩によって人物の感情を描くことを高く評価している。音楽と映像を一緒に読み解く楽しさを、深く追求した思い出の映画だという。
この発言から分かるのは、音楽を「その曲だけで完結するもの」と考えていないことだ。どの場面で鳴るか、誰の記憶と結びつくかによって、同じ旋律も別の感情を帯びる。
ここから後の『葬送のフリーレン』へ一本の線を引いてみたい。フリーレンにとって、過去に聞いた言葉や体験は、時間が経つことで意味を変える。かつては何気なく過ぎた場面が、あとから大切な記憶として立ち上がる。これを「『シェルブールの雨傘』がフリーレン曲の元ネタだ」と言うのは飛躍だが、過去の出来事を新しい感情で聴き直すという感覚には共通するものがある。
第6のルーツ:遠藤周作『沈黙』――揺らいだときに、自分の「核」を問い直す
miletは遠藤周作の小説が大好きだと語り、とりわけ『沈黙』を自分にとって大切な一冊だと位置づけている。スコセッシ監督が『沈黙-サイレンス-』として映画化したことも、原作を読み込んでいた彼女には特別な出来事だった。
なぜそれほど大切なのか。2022年のPINTSCOPEで彼女が話したのは、何かを信じる力の話だった。自分の中の核が揺らいだとき、この小説を読んだり映画を観たりする。そして、人生をかけて自分なりに信じるものを見つけ、それを強さにしたいと願っているという。
『沈黙』の主人公が置かれるのは、信念を守りたい気持ちと、目の前の苦しみから逃れられない現実がぶつかる状況だ。簡単な正解が示されないからこそ、読む側は自分ならどうするかを考えさせられる。
miletがここで求めているのは、どんな状況でも決して揺れない人物になることなのだろうか。むしろ、揺らぐ自分を知りながら、それでも何を信じるかを問い続けることなのではないか。これは記事としての解釈だが、本人が「核」が揺らぐときに本を手に取るという行動とは整合する。
受け取るだけで終わらず、自分の倫理へ返ってくる
同じ取材でmiletは、映画や本、音楽によって未知の自分に出会うことがあると話している。ある場面に共感するのか、反発するのか。それによって、自分自身の考えが見えてくる。音楽を自分を映す鏡だとも表現している。
さらに、自分が作品を作るときには、そこに嘘を込めたり、自分の信条に反したことを表現したりしないという考えも示した。好きな作品から答えを借りるのではなく、作品を通じて自分の判断を磨く。 それが『沈黙』を大切にする理由の一つとして読める。
ここでも、彼女自身の宗教的信仰や私生活を推測する必要はない。本人が語ったのは、小説が自分を問い直すための大切な存在だということまでだ。
どう曲が生まれるのか:小説の一場面から「頭の中のショートムービー」へ
ここまでの影響源を知ると、miletの作曲法を説明した発言が少し違って聞こえる。
2022年のPINTSCOPEと2026年のFashion Pressの取材で、彼女は映画や小説の世界を頭の中で映像として立ち上げ、そこへ音楽をつけるように曲を作ると話している。印象に残った小説の場面を起点に曲を考えることも、映画で聞いた音が何年も残っていて曲になることもあるという。
さらに重要なのは、その映像を単なる絵として見ているのではない点だ。登場人物の場所へ自分が入っていき、風景、足音、匂い、湿度まで想像する。乾いた空間と湿った空間では、思い描く音の質感まで変わると説明している。
これは「映像に合うBGMを後付けする」というより、物語が存在する空気の中から、音や言葉を探す方法に近い。音楽を聴かせる以前に、その作品の世界に耳を澄ますのである。
2019年『バースデー・ワンダーランド』で、すでに実践していた
デビュー直後、原恵一監督のアニメ映画『バースデー・ワンダーランド』で挿入歌「Wonderland」を担当した際にも、その片鱗が見える。本人は以前から原監督のファンで、『河童のクゥと夏休み』に学生時代の自分が支えられたと語っている。
制作打ち合わせで、台詞のないクライマックスの絵コンテを見せられたとき、すでにメロディーが頭に浮かんだという。帰宅してすぐデモを作り、監督に提出した。これは映画を好きで観ていた経験と、映像のために音楽を作る仕事が接続した具体的な出来事だ。
後に世界的な人気作へ携わるようになる以前から、原作と監督への敬意、シーンへの没入、音を探す作業は彼女の基本にあった。
出典:PINTSCOPE・ショートムービー型の作曲法/Fashion Press・読書と制作の関係/Real Sound・原恵一監督との制作秘話
『葬送のフリーレン』「Anytime Anywhere」――原作を読み直して見つけた「風」の視点
『葬送のフリーレン』は、かつて魔王を倒した勇者一行の旅が終わった後から始まる物語。長命なエルフのフリーレンが、人間の生涯や、死別した仲間の記憶をゆっくり理解していく姿が描かれる。
miletは仕事の依頼より前から原作を好きで読んでいたが、エンディングテーマを担当するにあたって、視点を変えながら何度も読み直したという。2024年のBillboard JAPANでは、主題歌を書くなら作品を深く理解している必要があると語った。
彼女が特に惹かれているのは、フリーレンが強大な魔力を持ち長く生きていながら、人の気持ちを理解しようとしていること。また、作品がすべてを説明し尽くさず、観る人が受け取る余白を残していることも高く評価している。
「Anytime Anywhere」で目指したのは、フリーレンの旅の外側から、ずっとそばにいるような温かさを感じさせる歌。依頼側からは、物語の世界で昔から歌い継がれているような曲にしてほしいという方向性が示されていた。
なぜ星空、大地、風なのか
そのためにmiletが選んだのは、物語の出来事を細かく説明する言葉ではなく、時代を超えて存在する自然だった。星空や大地、風は、誰か一人の持ち物ではない。長い年月を生きるフリーレンにも、短い時間を生きる人間にも、同じように触れることができる。
本人は歌詞を書くために原作の背景だけを見返したこともあると明かしている。背景の風景にも物語の情報があると考えたのだ。
ここはとても大切な点だと思う。世界観を忠実に描くことと、登場人物の名前や出来事を説明することは同じではない。 miletは作品の細部を深く読んだうえで、むしろ言葉を普遍的にしている。『シェルブールの雨傘』で場面によって音の意味が変わることを楽しみ、『2001年宇宙の旅』で無音の効果を考えていた彼女らしい、引き算の選択にも見える。
ただし、この2本の映画が「Anytime Anywhere」に直接影響したという証言は確認できない。ここで示しているのは、本人の映画観と作詞の姿勢に見える共通性だ。
出典:Billboard JAPAN・『Anytime Anywhere』制作インタビュー
2026年「The Story of Us」――同じ物語を、時間の経過とともに書き直す
2026年の『葬送のフリーレン』第2期では、miletが再びエンディングテーマを担当し、「The Story of Us」を発表した。ここでの発言も、映画と音楽の関係を考えるうえで興味深い。
WEBザテレビジョンの取材では、原作とアニメを見返し、印象に残っている旅の場面を選びながら、そこへ音楽を当てはめるように制作したと説明した。これはPINTSCOPEで語っていたショートムービー型の作曲法と非常によく似ている。
この曲のタイトルは、かつてヒンメルたちと旅した時間、今のフェルンやシュタルクと旅する時間、そして自分とリスナーが重ねてきた時間にも通じるよう考えたという。
さらに彼女は、この曲がフリーレンにとって、過去のヒンメルの言葉のような「お守り」になってほしいとも語っている。
「Anytime Anywhere」が長い旅の周囲を包む風だとすれば、「The Story of Us」は、旅を続けるために持ち歩く記憶なのかもしれない。同じ作品に何年も関わることで、原作の風景も、作り手の受け取り方も変わる。 この変化は『シェルブールの雨傘』で同じ旋律が場面ごとに違って聞こえることを面白がったmiletの感性と、確かに響き合っている。
出典:WEBザテレビジョン・2026年『The Story of Us』インタビュー/Billboard JAPAN・2026年インタビュー
『鬼滅の刃』「コイコガレ」――自分で書かないからこそ、声で物語を読む
一方、『鬼滅の刃』刀鍛冶の里編への参加は、『フリーレン』と同じ「書き下ろし」の話としてまとめると、肝心な違いを見失う。
2023年のオープニング「絆ノ奇跡」はMAN WITH A MISSIONのJean-Ken Johnnyが作詞・作曲した曲。エンディング「コイコガレ」は梶浦由記が作詞・作曲し、MAN WITH A MISSIONと梶浦由記が編曲を担当した曲だ。miletは双方で歌唱に参加したが、「コイコガレ」を自分で作詞・作曲したわけではない。
では、彼女の創作性はどこに現れるのか。Billboard JAPANの対談でmiletは、「コイコガレ」の歌詞やメロディーが伝える意味を受け止め、言葉を逃さず歌おうとしたと語っている。
さらに梶浦から、一つひとつの音節の発声に至るまで非常に細かなディレクションを受けたという。たとえば母音の響かせ方を変えることで、言葉がメロディーに乗ったときの意味や印象も変わる。その体験は、歌うことへの考え方を変えるほど大きかったと本人が話している。
『フリーレン』では自分が物語を読み、言葉を選び、声にする。『鬼滅の刃』では、梶浦が解釈し書いた言葉を読み解き、声のニュアンスを通じて聴き手へ届ける。制作上の役割は違っても、原作や楽曲に対する読解力が求められることは共通している。
音楽を「歌詞の意味」だけでなく、言葉の音や発音の感触まで含めて捉える感覚は、2019年に日本語と英語の韻を研究していた彼女の姿にもつながる。ここには、作家としてのmiletとは別の、解釈者・ボーカリストとしてのmiletがいる。
出典:『鬼滅の刃』刀鍛冶の里編・公式音楽クレジット/Billboard JAPAN・MAN WITH A MISSION×milet対談
2026年『Made of Glass』――「信じる強さ」から「弱さを見せる強さ」へ
最後に、今のmiletがどこへ向かっているのかも見ておきたい。
2026年のアルバム『Made of Glass』について、本人は、以前は自分を完璧に見せようという気持ちがあった一方、休養を経て未完成な自分のまま歌いたいと思えるようになったと語っている。アルバムのアートワークでは、ガラスを用いた作品を手がける及川春菜とのコラボレーションも実現した。
彼女は、ガラスは美しいが割れやすく、傷ついた後にも別の美しさがあるという感覚を作品に重ねた。また新曲「Hurricane」では、悩みを整理してから書くのではなく、悩んでいる最中の感情をそのまま曲にすることを試したという。
ここで2019年と2022年に語っていたことを思い出す。『2001年宇宙の旅』はすぐに理解できなくても何度も観直した。『沈黙』は自分の信じるものが揺らぐときに読み返す一冊だった。
そう考えると、2026年の「未完成な自分を出す」という変化は、過去の美学を否定した結果ではないのかもしれない。答えが出ないものに向き合い続けること自体を、ようやく自分の音楽にも許せるようになった。 僕にはそのように見える。ただし、アルバムのテーマを過去の特定作品の影響だと本人が明言したわけではない。これは発言を並べて考えた解釈だ。
そして本人は近年、休む時間に本を読み、映画を観て、きちんとインプットできていることも制作にとって大きいと話している。文学・映画・音楽は、若い頃に一度吸収して終わったルーツではなく、今も彼女の表現を更新し続けるものなのだ。
出典:Billboard JAPAN・2026年『Made of Glass』本人インタビュー
miletの作品を、もう一度聴き直すために
好きな映画、小説、音楽を調べてみると、miletは不思議と「分かりやすい強さ」だけを求めてこなかったように感じる。壮大なクラシックにも、ノイズのあるロックにも、静かな無音にも心を動かされる。『沈黙』では信じるものを問い直し、『タクシードライバー』では人物とスコアの関係を見つめ、『シェルブールの雨傘』では同じメロディーが別の意味になる瞬間を楽しむ。
そして、いざ自分が作り手になると、物語を何度も読み、背景にまで目を向け、登場人物の周囲の風を想像する。あるいは他の作家の書いた音楽を受け取り、一つの音節に込められた意図を声で表現する。
映画を観て、本を読んで、自分が何を信じるかを確かめる。その経験を携えて、他の誰かの物語の中にも入っていく。miletのタイアップ曲は、作品への愛情と、自分自身への問いを同時に持ち込むことで生まれているのかもしれない。
この記事を読んだ後に「Anytime Anywhere」を聴き直すなら、歌詞の内容だけでなく、声がどんな距離感でそこにいるのかにも耳を傾けたい。「コイコガレ」なら、一つひとつの言葉の発音や音価がどのように感情を作っているかを聴いてみたい。
miletの人物像、休養・復帰、楽曲についての発言を時系列で整理した記事は、miletはどんな人?うつ病による休養と復帰、楽曲に込めた思いを本人の言葉でたどるで紹介している。このページでは、その第一層に収まりきらなかった創作の背景を掘り下げた。
参考・出典
以下はいずれもmilet本人へのインタビュー、本人のラジオ発言を伝えた記事、またはアニメの公式クレジット。本文では、本人が言及した事実と編集部の考察が混同されないようにしている。
- PINTSCOPE(2022年10月)|映画・文学・『沈黙』・ショートムービー型の作曲法
- CINRA(2019年)|クラシックとUKロック、映画研究
- Billboard JAPAN(2020年)|FM802対談、ロック・ポストロックの音楽遍歴
- 歌ネット(2022年)|歌声の研究、日本語と英語での作詞
- J-WAVE NEWS(2019年)|好きな邦楽と歌詞の響き
- THE FIRST TIMES(2023年)|メタルの影響と『5am』
- J-WAVE/radiko(2019年)|『2001年宇宙の旅』『キリング・フィールド』
- CREA(2022年)|『タクシードライバー』を100回以上観た話
- Real Sound(2019年)|『バースデー・ワンダーランド』の制作
- Billboard JAPAN(2024年)|『Anytime Anywhere』をどう書いたか
- WEBザテレビジョン(2026年)|『The Story of Us』の制作哲学
- 『鬼滅の刃』公式サイト(2023年)|「絆ノ奇跡」「コイコガレ」の制作クレジット
- Billboard JAPAN(2023年)|「コイコガレ」歌唱ディレクション
- Fashion Press(2026年)|読書と作曲、コーラスの役割
- Billboard JAPAN(2026年)|『Made of Glass』と未完成な自分



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