うつ病で退職を考えたとき、先に整理したいこと
うつ病で仕事を辞めたことがあります。
当時の僕は、退職するメリットやデメリットを冷静に比較して、辞めることを決めたわけではありませんでした。辞めた後のことよりも、とにかく今の状態から離れて楽になりたいという気持ちの方が強かったと思います。
入社して3か月ほど経ったころには、日々の緊張による疲れが取れなくなっていました。休みの日にも次の出勤のことばかり考えるようになり、「辞めたい」というより「会社に行きたくない」という気持ちが強くなっていました。
ただ、その時点ですぐに休職したわけではありません。その後もしばらく働いていましたが、やはり続けることが難しくなり、最終的には休職することになりました。
今振り返ると、退職するかどうかだけではなく、その前後のことをもう少し整理しておけばよかったと思う部分があります。
最初は「辞めたい」より「会社に行きたくない」だった
働き始めたころから、会社を辞めるつもりだったわけではありません。会社そのものに大きな問題があるとも思っていませんでした。
ただ、仕事中の緊張が続き、その疲れがなかなか抜けなくなっていきました。
入社して3か月ほど経ったころには、試用期間も明けていましたが、仕事を辞めたいということより、会社に行きたくないという気持ちの方が強くなっていました。休みの日にも次の出勤のことを考えてしまい、体調不良で仕事を休むこともありました。
このころの僕には、「この会社を辞めたら次はどうするのか」「休職と退職のどちらがいいのか」といったことを複雑に考える余裕はありませんでした。
辞めた後のことよりも、今を楽にしたいという気持ちが強かったです。
退職する前に、まず休職した
僕の場合は、そのまますぐに退職したのではなく、まず休職しました。
以前からうつ病の治療をしていたこともあり、休職という選択肢や傷病手当金という制度があること自体は知っていました。
実際に仕事から離れてみると、気持ちはすぐに軽くなりました。「これでよかったんだ」と思ったことを覚えています。
休職中は、復職についてほとんど考えていませんでした。主治医からも、今は復職について考えなくていいと言われていたこともあり、まず仕事から離れて治療することになりました。
休職が決まるころには実家へ戻っています。ただ、住んでいた家は解約せず、家賃を払いながら残しました。
実家でそのまま引きこもる状態にはしたくなかったので、いずれ戻る場所を残しておいた方がいいというのが、僕と親の共通した考えでした。
うつ病だったことを隠して働くことにも苦しさがあった
当時の僕は、会社の人に自分の状態をほとんど相談できていませんでした。
就職活動のとき、以前うつ病になって治療していたことは会社に伝えていませんでした。社会復帰のために始めたアルバイトについても、就職活動ではフリーターとして働いていた期間として説明していました。正社員になるつもりで働いていた、というような説明もしていたと思います。
うつ病になって新卒で就職できなかった僕にとって、その経緯をそのまま話しながら就職活動をすることは難しいことでした。
社会ではうつ病への理解が以前より広がっているように見えても、実際に自分が就職しようとすると、病歴を伝えることには怖さがありました。病気だったことを伏せ、空白になった期間について説明を考え、ときには本当の理由とは違う説明をしながら、自分が問題なく働ける人間であることを示そうとしていました。
そうやって就職したので、働き始めてから苦しくなっても、自分から「実はつらい」と言うことができませんでした。
新卒で就職する人たちより年齢も上になっていましたし、自分の中には「ちゃんとできなければ」という気持ちもありました。せっかく就職できたのだから、普通に働かなければいけないと思っていたのだと思います。
今振り返っても、病歴を会社に伝えておけばよかったとは簡単には思えません。
ただ、うつ病だったことを打ち明けることと、仕事で困っていることを相談することは別だったと思います。病歴まですべて話さなくても、分からないことや仕事の悩みくらい誰かに相談できていたら、もう少し違ったかもしれません。
病院では、主治医にかなり細かく自分の状態を話していました。一方で親には心配をかけたくなくて、仕事を続けるのがかなり厳しくなってから伝えました。
病気を経験したあとに仕事へ戻ることには、働くことそのものとは別に、自分の過去をどこまで話すのかという難しさもありました。
休職しても、元の職場に戻る自分を想像できなかった
休職して仕事から離れたあとも、元の職場で再び働いている自分を想像することができませんでした。
当時働いていたのは、立ち上がったばかりのベンチャー企業でした。大学で情報系を学んでいたこともあり、システムエンジニアとして就職したのですが、今振り返ると、初めて社会人として働く自分には大変な環境だったのかもしれません。
当時は会社や仕事を見極める経験もありませんでしたし、「大学で情報系を学んだからシステムエンジニアになる」という進路を自然に選んでいました。でも、そもそもシステムエンジニアの仕事が得意だったわけでもありません。
休職したあとに職場の人たちと再び顔を合わせることへの怖さもありました。
休職できる期間は治療に充てました。その期間が終わったあと、元の職場へ戻るのは難しいと感じ、自分の意思で退職しました。
退職したときに大きかったのは、不安よりも安堵だったと思います。
退職後のお金については、十分に分かっていなかった
傷病手当金については、退職する前から知っていました。僕自身、休職中だけでなく退職後もしばらく傷病手当金を受給しながら生活しました。
ただ、制度があることを知っていることと、それを使いながら実際に生活することは別でした。
当時の僕は、傷病手当金がいつ振り込まれるのかをよく分かっていませんでした。退職後に健康保険や年金の手続きが必要になることや、住民税を自分で納付することについても、十分に理解できていませんでした。
特に住民税は納付期限もあり、退職してから思っていた以上にお金のことを考える必要がありました。支払いが難しい場合に利用できる猶予などについても、当時もっと知っておきたかったと思います。
僕の場合は実家に戻って治療することができたので、住んでいた家の家賃は払いながら、それ以外の生活費をかなり抑えることができました。
もし実家に戻ることができなかったら、傷病手当金を受けながらどう生活を成り立たせるのか、もう少し具体的な計画が必要だったと思います。
傷病手当金は、退職すれば誰でも受け取れるものではありません。支給には条件があり、退職後も継続して受給する場合にも条件があります。協会けんぽ:傷病手当金のよくある質問
また、会社で休職できる期間と傷病手当金の支給期間は別のものです。
僕自身の経験でも、この二つが同じ期間だったわけではありません。
退職するかどうかだけを考えていたわけではなかった
当時の僕は、「仕事を辞めるべきか、続けるべきか」を冷静に比較していたわけではありません。
仕事へ行くことがつらくなり、まず休職して仕事から離れました。休職すると気持ちは軽くなり、その間は復職について考えずに治療しました。それでも元の職場へ戻る自分を想像できず、最終的には退職しました。
今なら、もう少し周囲に相談できればよかったと思います。
そして、退職後に必要になるお金については、もっと具体的に確認しておけばよかったです。傷病手当金がいつ、どのくらい支給されるのか。退職後に自分で支払うことになるお金には何があるのか。収入が減った状態で、当面の生活をどう成り立たせるのか。
当時の僕には、先のことまで考える余裕はほとんどありませんでした。
それでも振り返ってみると、退職するかどうかの結論だけではなく、仕事から離れて休める方法があるか、誰かに相談できるか、そして仕事を辞めたあとにしばらく生活できる状態を作れるか。このあたりは、もう少し早く知っておきたかったと思います。



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